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治療院の紹介 日記・PR記事
  吉岡鍼灸院
2009/05/06(水) 09:56 健康
今月の言葉(09年5月):「不尽知用兵之害者、則不能尽知用兵之利也」 『孫子』作戦篇より
「尽(ことごと)く用兵の害を知らざる者は、則ち尽く用兵の利を知らざるなり」 以下、字数制限のため訓読、本文の一部、注を省略。全文は、こちらを閲覧されたい


戦をすることで生じる損失を熟知していない者は、戦による利益も十分に理解していないのと同じだというのである。
治療も同様で、病所への直接(攻撃)的な治療による得失は、よくよく知っておく必要がある。

そもそも戦をするためには、「日費千金、然後十万之師挙矣」*1というように、それなりの兵力や物資が必要となり、相応の費用がかかるものである。
「其用戦也、久則鈍兵挫鋭、攻城則力屈、久暴師則国用不足」というように、もし戦争が長引けば兵や軍備が疲弊するだけでなく、国費もそれだけ不足することになる。そうなると、「夫鈍兵挫鋭、屈力殫貨、則諸侯乗其弊而起、雖有智者、不能善其後矣」というように、兵力も国家の財政も困窮し国力が衰えたことに乗じて、諸外国が攻め入ってくることは必定であり、もはや智謀に優れた軍師をもってしても防ぎ守ることはできない。
治療についても重篤な病になればなるほど、作用(副作用)の強い薬の投薬量が増え、大がかりな手術が必要になり、それだけに体への負担も大きくなる。それで終わればよいが、病の重さに比例して再発の確立も高まり、数度にわたって重い病を繰り返すことも少なくなく、それに合併症の危険性も増すことだろうから、体への負担はなお大きくなるばかりである。長年にわたる消耗の果てに生じる病は、複雑かつ難症であることがほとんどで、予後も良好とはいえないものばかりであるから、名医をもってしても成否は定かではない。総じて治療による体の消耗はより大きく、その期間も長くなり、治療費も莫大な額になる*2

戦による損失とは、ほかならぬ兵や軍備の疲弊と国費の消耗、すなわち国力の衰退である。
治療による損失とは、体の大きな消耗と散財、もっといえば寿命が縮小し家運が傾くことにほかならない*3

《中略》

だから、「故兵貴勝、不貴久」といい、また「故知兵之将、民之司命、国家安危之主也(故に兵を知るの将は、民の司命、国家の安危の主なり)」というのである。
繰り返しになるが、戦争は勝つことが第一であるが、だからといって長くするべきものではない。戦争の利害得失を熟知する将軍という立場の人は、人民の生死を左右し、国家の存亡を決する主宰者なのである。
治療もまた成功することが第一であるが、攻撃的な治療は体への負担が大きいだけに、長く続けたり、何度も行うべきものではない。治療による得失を熟知する医者は、人の命(生死)や財産を預かる役目を負う者なのである。

《中略》

これは、原因の所在をどこに求めるかという問題でもあるのだが、例え肩や腰の痛みであっても、それを病所(症状を感じている場所)そのものの問題としてではなく、五蔵という身体の全てを実現する内部システムの不調和[により生じている症状の一つ]として捉えること、それが中国医学の身体観であり病態観なのである。こうした観点から、日々の生活で生じる五蔵の不調和をこまめに調整(是正)していけば、それによって生じる諸症状は軽いうちに解消していける、あるいは重くせずに済ませられるという発想、いわゆる未病治という考え方が生まれるのである*4

そのためには、週一回の治療が基本になり、相応の予算を組む必要がある*5
 
 
2009/04/14(火) 14:30 治療
今月の言葉(09年4月):「兵非益多也」 『孫子』行軍篇より
「兵は多きを益ありとするに非らざるなり」 以下、字数制限のため訓読、本文の一部、注を省略。全文は、こちらを閲覧されたい


戦において、兵の数が多ければそれでよいわけでもなく、兵力が強力であればそれでよいわけでもないというのである。

なぜか。「夫惟無慮而易敵者、必擒於人」というように、兵の数や力にまかせて何も考えずに敵をあなどっている者は、敵の捕虜にされるに決まっているからである。
治療においても、各種の治療法や治療道具をただ取り揃えていればよいわけでもなく、また治療の量がただ多ければよいわけでもない。豊富な治療法や道具の備えに安心し、また施術の量にまかせて病を軽んずれば、治療はきっと失敗することになるだろう。

どうすればよいか。「惟無武進、併力料敵、足以取人而已」というように、力まかせに勇んで猛進せず、兵はしっかりと団結し、かつ敵状をよく探り[形勢に適切な戦略を立て、それに応じた戦術を駆使したなら]、きっと勝ちを得られるであろうというのである。

〈中略〉

したがって、治療においてもまず患者と施術者の信頼関係が築かれていることが最も重要である。そのうえで、病者の状態(生活環境の良否や感情の起伏など)と病状とをつぶさに診察し、診断に応じた治療方針を立てることで、はじめて施術を進めていくことができるというものである。
料敵(敵を料る)」ことは、診察することであり、戦略を練ることは、診断に応じた治療方針を立てることである。治療の方法や使用する道具、施術の量は戦術に属す事柄であるから、なによりもまず病勢に応じた適切な戦略を決定することが第一となる。戦術たる治療法や道具は、戦略たる治療方針、ひいては診察によって構築(診断)された病態像に応じて選択駆使されるべきものであるために、その備えは万全であるべきであるも、それだけでは用を為さないし、まったく安心もできない。

備えとしての戦術を十全に生かせるかどうかは、適切な戦略を立てられるかによって決まる*

そのために、軍師たる施術者は、病者の状態と病状との関係を細かに診察することで病勢(形勢)を診断し、病の推移を予測することを片時も怠ってはならないのである。

*:これまでたびたび述べてきたように、『孫子』における最善かつ最も高等な戦略は、「戦わずして勝つ」ことである。交戦は、双方が兵力を損なうために、できるだけ避けるべき事柄であり、やむを得ず取る次善の策とされるのである。これが国を全うするための基本的な姿勢である。したがって可能な限り戦をせずに済むよう、敵に負けない(つまり攻め込ませずに敵を屈服・服従させる)だけの自国の充実を図ることが最も重要な戦略となる。
治療においても同じで、病にならない(あるいは治していく)だけの自己の体力(いわゆる自然治癒力)の充実を図ることが最も重要かつ根本的な対策である。確かに急な発病(敵の来襲)には、それに応じた対処(力攻めとしての逆襲)も必要となるが、多くの場合は自己の衰えによる慢性的な病であるため、対症状の治療=戦はするべきではないし、しても自己の体力をより損なうだけで無益である。
例えば肩こりや腰痛などの痛処への直接的な治療などは対症治療の最たるものであるが、こうした単純な治療の多用は避けるべきである。一口に肩や腰などのこりや痛みといっても、肉体労働によるその部分の疲労が原因で起こった症状であることははなはだ少なく、…〈以下、省略〉
 
 
2009/03/10(火) 14:05 健康
今月の言葉(09年3月):「将不聴吾計用之、必敗、去之」 『孫子』形篇より
「将に吾が計を聴きて之れを用いざらんとすれは、必ず敗る。之れを去らん」*1 以下、字数制限のため訓読・注省略。全文は、こちらを閲覧されたい。

私の計略を聴くも、その計略を採用しないのなら、敗戦は目に見えているのだから、[その責任を押しつけられても困るし、そもそも自分はこの国にとって不要な存在なのだから]私はこの場を去りましょう、と言うのである。そもそも「百戦百勝、非善之善者也。不戦而屈人之兵、善之善者也」(謀攻篇、08年2月)であって、戦をせずに国を全うすることが最善であるが、もし戦をかまえるならば「善戦者、勝於易勝者也」であり、また「勝兵先勝而後求戦」(形篇、08年3月)ものであるから、勝算のある[あるいは十分な勝算を得られる状態に整えられた]場合にのみ踏み切るべきである。そのために、「知彼知己」(謀攻篇、09年2月)、「策之知得失之計(之れ[=敵状]を策りて得失[自己の利害=勝算]の計を知る)」(虚実篇、08年9月)必要がある。なお、「知勝有五」(謀攻篇、09年1月)ため、それらを熟知していなければならない。そうすることで「百戦不殆」(謀攻篇、09年2月)状態になれる。だから、「上兵伐誅」(謀攻篇、08年2月)こと、すなわちはかりごとをもってはかりごとを制すること、はかりごとをめぐらして勝ち(勝算)を得る[敵に負けない国力を備える]ことが最善とされるのである。つまり、軍師はそうした総合的な計略を立てられる者でなくてはならないし、君主あるいは将軍は、軍師のそうした計略をよく理解して、それに従い行軍すべきである。そうすれば、「将聴吾計用之、必勝、留之」ということになるのであるが、もし十分に理解せず、勝手に行軍すれば勝てる戦も敗戦することにもなるだろう。

治療においても同様で、施術者は病の状態のみならず病者の衣食住などの生活環境などを総合的に判断し、状況に応じた治療方針を立て治療(生活指導も含む)にあたるものである。病者はその治療方針を理解し、施術者の指示に従い治療に専念していけば、おのずと結果もついてくるだろう。しかし、治療方針を十分に理解せず、気の向くままに行動し、また病状の勝手な判断で治療間隔を自らで決めたりすれば*2、治るものも治らないことになるだろう。こうなると、施術者は軍師ではなく、都合のよい相談者になりはて、治療も肩もみのごとき慰安と化し、もはや治療の体をなしていない。さすがに依頼を断ることはしないけれども、ただでさえ難しい状況にある場合が多いのだから、指示を違えて経過が芳しくないのはやむを得えないことで、その責めは自ら負ってもらうしかないだろう*3。

治療とは、病者が好き勝手に治療方法や治療日を選択して進めることではなく、軍師たる施術者の的確な指示に従い、ともに進めていくものである。
 
 
2009/02/04(水) 01:14 健康
今月の言葉(09年2月):「知彼知己者、百戦不殆」 『孫子』謀攻篇より

「彼を知りて己を知れば、百戦して殆からず」

あまりにも有名な言葉である。敵状を把握し、また自己の状況をも承知していれば、いくら戦をしても負ける危険がないというのである。治療に置き換えれば、病状と病者の状況を把握していれば、うまくいかないことはないとでもなろうか。

実際には、同篇に「百戦百勝、非善之善者也。不戦而屈人之兵、善之善者也(百戦百勝は、善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり)」*1と明言されているように、戦をせずに敵を負かすことを最善とし、戦で勝つことは次善とされている。だから、どこまでも双方の状況(優劣・盛衰といった関係)を知り、それに応じた最善の策を講じることが必要となる。そのうえで、敵≧己であれば敵<己になるよう己を補強しなければならないし、そうしなければ勝ち目は薄い。もし敵<己であるならばたとえ攻められてもよほど対応を誤らなければ大敗することはないから、現状の力関係を維持することを心がけていけばよい。そうしたうえで戦をするのだから、当然百戦しても危うくないのである。
つまり、インフルエンザや風邪、寝違い、ぎっくり腰などのような急激に襲来する病*2を除き、攻撃的な治療や直接的な病所への療治はできるだけ避け、病<己となるように自己の状態補強を第一とする必要がある。そうすることで、病に冒されぬ=大きな病に至らぬ状態となり、治療もうまくいくのである。

だから、「不知彼而知己、一勝一負(彼を知らずして己を知れば、一勝一負す)」と言うように、己の状況だけわかっていても、敵状=敵との力関係がわからなければ、勝ったり負けたりしてしまうのである。それは逆でも同じであろう。敵状がわかっていても、己の状態に暗ければ、やはり勝算は五分である。
もっといけないのは、「不知彼不知己、毎戦必殆(彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆うし)」と言うように、双方の状況にうといことである。

とはいえ、『素問』の陰陽応象大論篇に「以我知彼(我を以て彼を知る)」と言うように、敵状=病状を考えることは、同時に己の状況を併せ考えることであり、それが形勢であるのだから、双方を切り離して眺めることは実際にはできないし、そうしなければならない*3。

「百戦百勝」できる状況とは、敵(病)<己、すなわち形勢有利であることにほかならない。だから、常に「知彼知己(彼を知り己を知る)」ことで形勢を判断し、有利な状況を維持していくことが最善の策(治療)なのである*4。


*1:2008年2月の言葉を参照のこと。
*2:こうした諸症状では、急激かつ一時的な病の襲来(病>己という状況)と判断された場合に、返り討ちとしての攻撃的な治療や直接的な病所への適切な施術を急やかに行わなければならない。その判断と戦略が適当であれば、ごく短時間のうちに病<己という状況に一挙に形勢を逆転させ、症状をみるみる解消させることができる。このように上手く攻略できれば痛手を最小限に食い止められるのだが、もしその判断を誤った場合は、言うまでもなくさらに形勢を悪化させ敗戦を余儀なくされる。それだけに、戦場における軍師に似て、施術者側も相当の緊張を強いられる。繰り返しになるが、病状の総合的な判断は、単なる表向きの症状からではなく、病者の状態とを併せた診察によって決定される。なお、私たちは現代医学の病名からは判断のしようがなく、必ず中国医学的な診察を経なければ何もわからないことを申し添えておく。
*3:字数制限のため省略。
*4:これはあくまでも基本的な考え方であって、常時実現することは難しい。生きていることそれ自体が衰退である以上、常に弱りゆく己を、不摂生や思わしくない人間関係などといったいわいるストレスにより極端に衰えさせることなく、年齢相応のよい状態を目指すしかないのである。極端に衰退した状態が、病(病>己)を得たことであり、そのためにあらゆる症状が出てくると考えればよい。そうした観点から、ストレスを生じさせる状況の解消はもとより、極端な消耗状態の回復を治療の根本に置いているのである。

 
 
2009/02/04(水) 01:08 健康
今月の言葉(09年1月):「故知勝有五」 『孫子』謀攻篇より

「故に勝を知るに五有り」

戦の前に勝ち目を計る方法が五つあるという。治療の前にも予後を決定づける事柄がある。

一つ目は、「知可以戦、与不可以戦者勝(戦うべきと戦わざるべきとを知る者は勝つ)」という。戦ってよいか悪いかという局面を見極められることが、勝敗を分ける*1。
治療においては、局所的・対症的な方法を用いるべきか否かという病状判断を的確にできるかどうかが、予後を分ける*2。

二つ目は、「識衆寡之用者勝(衆寡の用を識る者は勝つ)」という。軍の大小による行軍の別を知っていることが、勝敗を左右する。
治療においては、病の軽重に応じた選ぶ穴(ツボ)の数とそれに対する鍼や灸の量の分配を決める方法を熟知していることが、予後を左右する*1。

三つ目は、「上下同欲者勝(上下の欲を同じうする者は勝つ)」という。主君と人民の心が一つに合わさっていることが、勝つための条件である。
治療においては、施術者と治療者(患者)の信頼関係がしっかりと築かれていることが、病を快方に向かわせるための条件となる*3。

四つ目は、「以虞待不虞者勝(虞を以て虞ならざるを待つ者は勝つ)」という。策をめぐらせ[敵よりも]十分に準備を整え、[自分よりも]準備の不十分な敵を撃てば勝つことができる*1。
治療においては、入念な診察と先を見据えた治療方針を立て、病を治癒させていけるだけの体力(自然治癒力)を備えていけたなら、予後も必然的によいものとなる*4。

五つ目は、「将能而君不御者勝(将の能にして君の御せざる者は勝つ)」という。将軍が有能、かつ君主がそれに干渉しなければ勝ちをおさめられる。
治療においては、施術者がよく診断し、治療者が治療方法に指示しなければよい結果を得られる*3。

以上の五つが「知勝之道(勝を知るの道)」であり、「知治之道」である*5。


*1:詳しくは、2008年9月(虚実篇「故策之知得失之計」)の言葉を参照のこと。
*2:すでに何度も触れてきたように、『孫子』の最も基本的な姿勢であり、最善とされる在り方は、「戦わずして勝つ」ことである。戦は、双方が兵力を損なうためにできるだけ避けるべきであり、次善の事柄とされるのである。したがって、可能な限りそれをせずに済むよう、敵に負けない(攻め込まれない)だけの自国の充実を図ることが最も重要となるのである。治療においても同じで、病に負けない(ならない)だけの自己の体力(いわゆる自然治癒力)の充実を図ることが重要かつ根本的な対策なのである。確かに急な発病(敵の来襲)には、それに応じた対処(力攻めとしての逆襲)も必要となるが、多くの場合は自己の衰えによる慢性的な病であるため、対症状の治療=戦はするべきではないし、しても自己の体力をより損なうだけで無益である。詳しくは、2008年2月(謀攻篇「百戦百勝、非善之善者也。不戦而屈人之兵、善之善者也」)、3月(形篇「古之所謂善戦者、勝於易勝者也。…勝兵先勝而後求戦」)、4月(形篇「昔之善戦者、先為不可勝、以待敵之可勝」)、5月(九変篇「故用兵之法、無恃其不来、恃吾有以待也」)、8月(勢篇「凡戦者、以正合、以奇勝」)の言葉をそれぞれ参照のこと。
*3:詳しくは、2008年12月(謀攻篇「夫将者国之輔也」)の言葉を参照のこと。
*4:詳しくは、2008年6月(虚実篇「夫兵之形象水」)の言葉を参照のこと。
*5:最後に古い言葉「知彼知己者、百戦不殆。不知彼而知己、一勝一負。不知彼不知己、毎戦必殆(彼を知り己を知れば、百戦して殆からず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、毎戦必ず殆うし)」を引用して締めくられるが、これについては来月の言葉としてあらためて取り上げる。

 
 
2008/12/01(月) 17:24 健康
今月の言葉(08年12月):「夫将者国之輔也」 『孫子』謀攻篇より
「夫れ将は、国の輔なり」(字数制限により訓読および注を節略。全文は当院HPを参照のこと)

将軍とは、国の輔佐役である。したがって、「輔」の在り方によりおのずと国の在り方も決まってくる。続けて「輔周則国必強、輔隙則国必弱」と言うように、「輔」がよくゆきとどいた者であればその国は決まって強く、逆にすきのある者であればおのずと弱くなるのである。
施術者もまた、治療者(病者)の軍師である。輔佐役となる以上は、ゆきとどいた者である(あろうとする)ことは当然であるが、なによりも両者の信頼関係が第一と言わねばならない。これなくしては、治療の行く末はもとより、治療者の心身の安定は望むべくもない。

これをふまえて、「故君之所以患於軍者三」として、主君には軍事について注意すべきことが三つあると言う。
治療についても治療者が気をつけるべき点となる。

一つ目は、「不知軍之不可以進、而謂之進、不知軍之不可以退、而謂之退、是謂縻軍」と言う。軍の進退を見極めるのは将軍の役目であるから、軍事に詳しくない主君は勝手に采配をふるうべきではない。もしそれを振り切って軍を動かすなら、それは軍をしばり、ほしいままにしているだけのことである。もはや勝機は望めない。
治療の方法を定めるのは施術者の仕事であるから、具体的な治療方法や施術場所などの指定は治療者がするべきではない。

二つ目は、「不知三軍之事、而同三軍之政者、則軍士惑矣」と言う。一つ目と同じく、軍事はそれを専門とする将軍に任せるべきで、主君が一緒に指揮すべきではないと。もし指揮したならば末端の兵士たちはどちらの指示に従えばよいかわからず、惑うことになる。
もし具体的な治療方法や施術場所などの指定があったならば、施術者はとまどいおもねることなく、明確な理由とともにすべての説明をすべきである。

三つ目は、「不知三軍之権、而同三軍之任、則軍士疑矣。三軍既惑且疑、則諸侯之難至矣」と言う。軍におけるはかりごとを知らないのに、主君が一緒になって指揮すれば、兵士たちはそれを疑うようになる。迷いや疑いが蔓延した軍隊の志気は落ちるところとなり、敵はそのすきを衝いて攻め込んでくることは必至である。
もし治療方法や施術場所などの指示がまかり通ったならば、もはや施術者は施術者たる資格を持ち得ず、両者は迷走するよりほかはない。したがって、治療は成り立たず、病は進むばかりである。

最後に「是謂乱軍引勝」と総括される。余計な口をはさみ、諸事を乱せば、軍の統率が乱れ、自分から勝ちを遠ざけてしまうものであると。
種々雑多な治療方法や情報が多い今、あらゆる疑問や不安が生じて当然であるし、またこれまでの自己の経験から意見や要望も言いたくなるのが当たり前である。だから、それはよろしくないことではなく、むしろ好ましいことである。それに対して施術者は、批判するのではなく、またおもねって受け入れるわけでも決してなく、ただ施術者の立場から治療方針・方法などの明確な説明とその理解を得る努力をするのみである。それを怠れば、両者の「周密(親密)」な信頼関係は築かれず、事は立ちゆかなくなるだろう。施術者は、治療者が治療に専念できる環境作りをまずはしなければならない。

親切・丁寧を旨とする理由は、ここにある。
 
 
2008/12/01(月) 17:19 健康
今月の言葉(08年11月):「夫地形者、兵之助也」 『孫子』地形篇より
「夫れ地形は、兵の助けなり」」(字数制限により注を節略。全文は当院HPを参照のこと)

先月に引き続き戦における地形に関する内容になる。地形は、戦をするうえで[適に対してより優位に立つための]補助的な要素となると言う。
治療においても、人の生活習慣や環境の善し悪しは[病があるならばそれを着実に回復させていくために、病がなければ病にならぬようにするために]大切な意味を持つ。

もちろん、「料敵制勝、計険夷遠近、上将之道也(敵を料りて勝を制し、険夷、遠近を計るは、上将の道なり)」と指摘されるように、敵状を探るだけでなく、合戦する地形が険しいのか平らなのか、あるいは自陣から遠いのか近いのかを合わせ考えて[作戦を練り]勝算の有無を見通す将が最上なのであって、土地が勝手に助けてくれるわけではない。
病状を詳しく診察することだけでは事足りず、治療していく前に、病者の生活状況の良否をつぶさに知っておかなければならないし、それらを勘案して[治療方針を立て]予後を判断するのがいわゆる良医なのである。

だから、「知此而用戦者必勝、不知此而用戦者必敗(此れを知りて戦いを用(おこ)なう者は必ず勝ち、此れを知らずして戦いを用(おこ)なう者は必ず敗る)」のである。
治療する前に、病状のみならず病者の生活状況を含めて総合的に診断しない医者は、必ず治療に失敗してしまうのである。なぜなら、多くの場合は生活状況が病の根源になっているからである*1

最後は次のように締めくくられる。
故戦道必勝、主曰無戦、必戦可也。戦道不勝、主曰必戦、無戦可也。故進不求名、退不避罪、唯民是保、而利合於主、国之宝也(故に戦道必ず勝たば、主は戦う無かれと曰うも、必ず戦いて可なり。戦道勝たざれば、主は必ず戦えと曰うも、戦う無くして可なり。故に進みて名を求めず、退きて罪を避けず、唯だ民を是れ保ちて、而して主の利に合うは、国の宝なり)」と。

敵状をはかり地形を考え、戦の道理として勝算ありと判断されたなら、たとえ主君が戦うなと言っても、逆らって戦うべきである。逆に勝算がなければ、主君が戦えと命じても、断固として動かぬのがよい。いかなる時も功名を求めずに進むべきは進み、罪をもおそれずに退くべきは退き、民を大事にして主君の利をも得る将こそ、国の宝なのである。
生活状況の良否を知り病状の軽重を診、総合的に判断して予後が良いとなれば、たとえ病者が治療しても治らないのではないかと思っていても、続けていくべきである。逆に予後が悪いとなれば、病者が治療して早期に改善していきたいと願っていても、長期戦となることはやむを得ないのである。治療を担う者は、名声を求めず(名医たらんとせず)、また愚医のそしりを恐れずに、絶えず診断(予後判断)を踏まえた治療をおこない、病者の体を大事にして本人の願う所をできる限り実現していくための、いかなる助力も惜しんではならない*2

国の宝とはいかにも大仰だが、良医たらんとして日々進むのみである。
 
 
2008/12/01(月) 17:16 健康
今月の言葉(08年10月):「軍無百疾、是謂必勝」 『孫子』行軍篇より

「軍に百疾無し、是れを必勝と謂う」」(字数制限により注を節略。全文は当院HPを参照のこと)

軍を進めるにあたり、兵士らの無病息災[を保ち続けること]が必勝に通じる、というのである。
治療を進めるにあたっても、その人の無病息災[を保ち続けること]が健康に通じている*1

では、どのような点に留意すればよいのだろうか。「凡軍好高而悪下、貴陽而賎陰、養生而処実(凡そ軍は高きを好みて下(ひく)きを悪(にく)み、陽を貴びて陰を賎しみ、生を養いて実に処(お)る)」と言う。
軍の駐屯地は、低地よりも高地を、陽の当たらぬ暗い所よりも陽の当たる明るい所を是とし、かつより生を養うべき水や植物など食糧補給の十分にできる場所を選ぶのが好ましい。
治療者(=患者)の衣食住や職場、人間関係などといった生活の習慣や環境も、できるだけ安定していることが好ましい。

これらの条件が悪ければ悪いほど、兵や治療者を疲弊させ、様々な不調を生じるもととなるのである。
裏を返せば、置かれている駐屯地や生活環境の状況から、勝敗の見通しや病の予後を知ることが可能になるということにもなる。病状もさることながら、こうした生活環境を知ることは、治療を進めていくうえで極めて重要であると言わねばならない。
例えば、患家に赴いたとしよう。日中にも関わらず部屋のカーテンが閉められ、かつ明かりも消されていれば、どんなに表向きの症状が軽くとも、それだけで回復が悪いであろうことが瞬時に察知されてしまう。さらに壁を向いて口も聞かないともなれば、その悪さたるやいかばかりであるか、察するに余りある。逆に、部屋の明かりを煌々と灯し、陽気に応対するならば、どんなに重病であろうとも予後は明るい、と判断される。
最近の韓国ドラマにもなった許浚(ホ・ジュン)の著した『東医宝鑑』の中で「喜明者属陽、元気実也。喜暗者属陰、元気虚也。睡向壁者属陰、元気虚也。睡向外者属陽、元気実也(明を喜(この)む者は陽に属し、元気実なり。暗を喜む者は陰に属す、元気虚なり。睡りて壁に向かう者は陰に属す、元気虚なり。睡りて外に向かう者は陽に属す、元気実なり)」*2とあるように、部屋の明るさや寝ている向きといった状況が、その人の元気の度合いを如実に示すのである。

最後に、「此兵之利、地之助也(此れ兵の利、地の助けなり)」と締めくくられるように、こうした行軍における良き駐屯地の選択、すなわち地の利は、兵士一人一人の利となり、引いては軍全体の利、戦の利となるのである*3。もし選択する地形を誤れば、「不必勝(必ずしも勝たざる)」ことになるであろう。
人における良き生活習慣や環境は、その健康を益するが、逆に悪い習慣や環境下にあれば損なわせる元凶となるのである*4

健康を考えるうえで私たちは、普段の習慣や環境を顧みて、できうる範囲で改善し、また維持していくことも自己の充実を計る一環として必要なのである。

 
 
2008/09/02(火) 03:15 健康
今月の言葉(08年9月):「故策之知得失之計」 『孫子』虚実篇より

「故に之れを策(はか)りて得失の計を知る」

「之」とは敵状=敵の虚実のことであり、また己の状況のことである。あるいは敵と己の力関係(虚実)のことにも通じる。戦の前に、まず両者の関係を計ることで自己の利害得失=勝算を見極めなければならない。
治療の前にも、まずは病と病を持つその人の状況と両者の関係を知ること、つまり診察を通して病状を診断しなければならない。

具体的な方法は次の通り。「作之而知動静之理、形之而知死生之地、角之而知有余不足之処(之れを作(おこ)して動静の理を知り*1、之れを形(あらわ)して死生の地を知り*2、之れに角(ふ)れて有余不足の処を知る*3)」と。
敵を動かせてその動きの特徴とそれに応じた己の動き方を知り、[また動かせたことで]敵状がはっきりするから、それによって勝敗を分かつ地勢を探り、実際に軽く交戦してみることで敵と己の各々の強い所と弱い所を判断[して、敵の弱い所を攻撃]するのである。 診察においては、症状の詳しい状況をたずねることで病の特徴や発症の経緯を探り、また顔色や体型(肥痩)、声の大小高低などからその人の状態を知り、最終的には脈を診る(触れる)ことで病と病を持つその人の関係=病状を診断するのである。

当然ながら、敵状と己の状況において敵<己であれば勝算があるわけで、逆に敵>己であれば勝算は基本的にないものと言える。
病と人の関係においても同じで、診察によって病<人と診断されれば治癒へ向かうだろうし、病>人と診断されれば予後がよろしくないと判断されるのである。

戦であれ治療であれ、こうした状況判断をまず行い、先々の予測をしておかなければならないし、そうした判断のもとに具体的な戦術ないし治療法を模索していかなければならないのである。


*1:『説文』「作、起也(作は、起なり)」。
*2:『広雅』釈詁三「形、見也(形は、見なり)」。
*3:『漢書』律歴志上「角、触也(角は、触なり)」。

 
 
2008/09/02(火) 03:13 健康
今月の言葉(08年8月):「凡戦者、以正合、以奇勝」 『孫子』勢篇より

「凡そ戦とは、正を以て合い、奇を以て勝つ」

戦は、まず正法、つまり自らを負けない状態にして臨み*1、そうした上で戦況の変化に応じて奇法を用いて勝ちを得るものである。
治療も、まずは自己を病(敵)に負けない状態に整えていくことが第一で、そうした中で病状(敵状)によって的確に対応することで治癒に向かうことができるというものである。

続けて「故善出奇者、無窮如天地、不竭如江河。(故に善く奇を出だず者は、窮まり無きこと天地の如く、竭きざること江河の如し。)」と述べられるように、正法に加えて上手に奇法を用いるということは、天地[万物]の在り方(変化盛衰)のように窮まりがなく、また長江や黄河の水がつきないのと同じようなものだと言う*2
だから正法と奇法は「戦勢、不過奇正、奇正之変、不可勝窮也。奇正相生、如環無端。(戦勢は、奇正に過ぎざるも、奇正の変、勝げて窮むべからざるなり。奇正相い生じ、環の端無きが如き)」もの、つまり戦勢に応じた方法には正と奇の二つしかないものの、両者を交えた運用は、ちょうど輪に終わりがないように窮まりがないのである。
病状に応じた治療も正奇の二法あるのみであるが、両者の組み合わせ方には特定の症状にはこうするといった固定的な方法はなく、その時々によって勘案して変化させるべきもので窮まりがないのである。ただ、戦と同じく治療も自己の状態を整えていく正法を以て第一とするべきで、それは病状を左右するのは自己の状態の良否であるという根本的な考え方が土台にあるからである。その上で、例えば一気に決着すべき急激な病であれば、適宜それなりの奇法を用いるということが肝要なのである。

*1:形篇の「昔之善戦者、先為不可勝、以待敵之可勝。(昔の善く戦う者は、先ず勝つべからざるを為し、以て敵の勝つべきを待つ。)」(2008年4月参照)や「古之所謂善戦者、勝於易勝者也。…勝兵先勝而後求戦。(古の所謂善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり。…勝兵は先ず勝ちて後に戦いを求むなり。)」(2008年3月参照)からうかがえるように、敵に勝る戦力を充実させてから戦をするのが常道である。
*2:具体的には「終而復始、四時是也。死而復生、日月是也。声不過五、五声之変、不可勝聴也。色不過五、五色之変、不可勝観也。味不過五、五味之変、不可勝嘗也。(終りて復た始まるは、四時是れなり。死して復た生ずるは、日月是れなり。声の五に過ぎざるも、五声の変は、勝(あ)げて聴くべからざるなり。色の五に過ぎざるも、五色の変、勝げて観るべからざるなり。味の五に過ぎざるも、五味の変、勝げて嘗(な)むべからざるなり。)」というように、天においては季節(四時)の巡りや昼夜の交代、月の満ち欠けであり、地においては音や味、色にそれぞれ五つしかないものの、それらがまじりあうことでいかようにも変化するために、聞き、味わい、そして見つくすことができない、ということになる。
余談になるが、幕末考證医家の多紀元簡の『医賸』巻二・内経之文似諸書に、上記の「声不過五」から「不可勝嘗也」九句四十一字と『素問』六節蔵象論「草生五色、五色之変、不可勝視、草生五味、五味之美、不可勝極。(草の五色を生ずるや、五色の変、勝げて視るべからず、草の五味を生ずるや、五味の美(うま)さ、勝げて極むべからざるなり。)」六句二十四字が類似しているという指摘がある。なお、同篇に「如環無端」という表現は二度見られ、『霊枢』の邪気蔵府病形、経水、脈度、営衛生会、衛気、動輸(二度)の六篇にもあり、医学と兵法との関わりが示唆される。

 
 
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