「将に吾が計を聴きて之れを用いざらんとすれは、必ず敗る。之れを去らん」*1
以下、字数制限のため訓読・注省略。全文は、こちらを閲覧されたい。私の計略を聴くも、その計略を採用しないのなら、敗戦は目に見えているのだから、[その責任を押しつけられても困るし、そもそも自分はこの国にとって不要な存在なのだから]私はこの場を去りましょう、と言うのである。そもそも「百戦百勝、非善之善者也。不戦而屈人之兵、善之善者也」(謀攻篇、
08年2月)であって、戦をせずに国を全うすることが最善であるが、もし戦をかまえるならば「善戦者、勝於易勝者也」であり、また「勝兵先勝而後求戦」(形篇、
08年3月)ものであるから、勝算のある[あるいは十分な勝算を得られる状態に整えられた]場合にのみ踏み切るべきである。そのために、「知彼知己」(謀攻篇、
09年2月)、「策之知得失之計(之れ[=敵状]を策りて得失[自己の利害=勝算]の計を知る)」(虚実篇、
08年9月)必要がある。なお、「知勝有五」(謀攻篇、
09年1月)ため、それらを熟知していなければならない。そうすることで「百戦不殆」(謀攻篇、
09年2月)状態になれる。だから、「上兵伐誅」(謀攻篇、
08年2月)こと、すなわちはかりごとをもってはかりごとを制すること、はかりごとをめぐらして勝ち(勝算)を得る[敵に負けない国力を備える]ことが最善とされるのである。つまり、軍師はそうした総合的な計略を立てられる者でなくてはならないし、君主あるいは将軍は、軍師のそうした計略をよく理解して、それに従い行軍すべきである。そうすれば、「将聴吾計用之、必勝、留之」ということになるのであるが、もし十分に理解せず、勝手に行軍すれば勝てる戦も敗戦することにもなるだろう。
治療においても同様で、施術者は病の状態のみならず病者の衣食住などの生活環境などを総合的に判断し、状況に応じた治療方針を立て治療(生活指導も含む)にあたるものである。病者はその治療方針を理解し、施術者の指示に従い治療に専念していけば、おのずと結果もついてくるだろう。しかし、治療方針を十分に理解せず、気の向くままに行動し、また病状の勝手な判断で治療間隔を自らで決めたりすれば*2、治るものも治らないことになるだろう。こうなると、施術者は軍師ではなく、都合のよい相談者になりはて、治療も肩もみのごとき慰安と化し、もはや治療の体をなしていない。さすがに依頼を断ることはしないけれども、ただでさえ難しい状況にある場合が多いのだから、指示を違えて経過が芳しくないのはやむを得えないことで、その責めは自ら負ってもらうしかないだろう*3。
治療とは、病者が好き勝手に治療方法や治療日を選択して進めることではなく、軍師たる施術者の的確な指示に従い、ともに進めていくものである。