「兵は多きを益ありとするに非らざるなり」
以下、字数制限のため訓読、本文の一部、注を省略。全文は、こちらを閲覧されたい戦において、兵の数が多ければそれでよいわけでもなく、兵力が強力であればそれでよいわけでもないというのである。
なぜか。「
夫惟無慮而易敵者、必擒於人」というように、兵の数や力にまかせて何も考えずに敵をあなどっている者は、敵の捕虜にされるに決まっているからである。
治療においても、各種の治療法や治療道具をただ取り揃えていればよいわけでもなく、また治療の量がただ多ければよいわけでもない。豊富な治療法や道具の備えに安心し、また施術の量にまかせて病を軽んずれば、治療はきっと失敗することになるだろう。
どうすればよいか。「
惟無武進、併力料敵、足以取人而已」というように、力まかせに勇んで猛進せず、兵はしっかりと団結し、かつ敵状をよく探り[形勢に適切な戦略を立て、それに応じた戦術を駆使したなら]、きっと勝ちを得られるであろうというのである。
〈中略〉したがって、治療においてもまず患者と施術者の信頼関係が築かれていることが最も重要である。そのうえで、病者の状態(生活環境の良否や感情の起伏など)と病状とをつぶさに診察し、診断に応じた治療方針を立てることで、はじめて施術を進めていくことができるというものである。
「
料敵(敵を料る)」ことは、診察することであり、戦略を練ることは、診断に応じた治療方針を立てることである。治療の方法や使用する道具、施術の量は戦術に属す事柄であるから、なによりもまず病勢に応じた適切な戦略を決定することが第一となる。戦術たる治療法や道具は、戦略たる治療方針、ひいては診察によって構築(診断)された病態像に応じて選択駆使されるべきものであるために、その備えは万全であるべきであるも、それだけでは用を為さないし、まったく安心もできない。
備えとしての戦術を十全に生かせるかどうかは、適切な戦略を立てられるかによって決まる
*。
そのために、軍師たる施術者は、病者の状態と病状との関係を細かに診察することで病勢(形勢)を診断し、病の推移を予測することを片時も怠ってはならないのである。
*:これまでたびたび述べてきたように、『孫子』における最善かつ最も高等な戦略は、「戦わずして勝つ」ことである。交戦は、双方が兵力を損なうために、できるだけ避けるべき事柄であり、やむを得ず取る次善の策とされるのである。これが国を全うするための基本的な姿勢である。したがって可能な限り戦をせずに済むよう、敵に負けない(つまり攻め込ませずに敵を屈服・服従させる)だけの自国の充実を図ることが最も重要な戦略となる。
治療においても同じで、病にならない(あるいは治していく)だけの自己の体力(いわゆる自然治癒力)の充実を図ることが最も重要かつ根本的な対策である。確かに急な発病(敵の来襲)には、それに応じた対処(力攻めとしての逆襲)も必要となるが、多くの場合は自己の衰えによる慢性的な病であるため、対症状の治療=戦はするべきではないし、しても自己の体力をより損なうだけで無益である。
例えば肩こりや腰痛などの痛処への直接的な治療などは対症治療の最たるものであるが、こうした単純な治療の多用は避けるべきである。一口に肩や腰などのこりや痛みといっても、肉体労働によるその部分の疲労が原因で起こった症状であることははなはだ少なく、
…〈以下、省略〉。